議員の仲間6人で、公益財団法人人権教育啓発推進センター主催の「芝大門人権講座」春の特別企画「国立ハンセン病資料館見学と『語り部』のお話」に参加してきました。国立ハンセン病資料館は、東村山市にある多摩全生園の敷地内にあります。全生園の敷地は桜が8分咲き、観桜会が開かれていました。
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資料館では、「柊の向こう側」というタイトルのビデオを視聴しました。このビデオは、ハンセン病患者の隔離の実態、偏見・差別の事実などを伝えるドキュメントでした。
元ハンセン病患者という立場の語り部、佐川修さんのお話は、ハンセン病についてや療養所での生活、いろいろな患者さんのエピソード、らい予防法に対する運動などで、とても流暢な語りでした。

国の間違った隔離政策によって、人間として生きる権利、自由を奪われていった人たち・・・。
1996年に「らい予防法」が廃止されても、未だにとりもどせないもの、「家族との絆」「社会との共生」「入所前の生活」「人生の選択肢」という言葉が資料館の展示に書かれていました。

全国に今、国立13か所、私立2か所のハンセン病療養所があります。現在は、ハンセン病は治癒している人たちばかりですが、障がいが残っていて、老人性疾患や機能回復のための療養所になっていて、今も全国で2200人を超える人たちが暮らし、平均年齢は82歳となっているそうです。
私は、かつて、熊本県にある「菊池恵楓園」に伺い、入所者の方からお話を伺ったこともあります。

人が人を差別する。その中には、無知による差別、偏見がまだまだたくさんあります。そのような観点からも、人権教育・人権啓発はとても重要です。

敷地内に東村山市の「いのちとこころの人権の森宣言」の碑がありました。
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「いのちとこころの人権の森宣言」
かつてハンセン病は、不治の伝染病とされ、患者は国の強制隔離政策と人々の偏見や差別の中で、長く苦しい歴史を歩んできた。
ここ多磨全生園には、故郷を捨てさせられた人々が眠る納骨堂、終生隔離のなかで故郷を偲んだ望郷の丘、苦難の歴史を語り継ぐハンセン病資料館、これらとともに多くの想いがある。
この地を第二の故郷とした人々は、萎えた手足に力を込め、病をおして拓いた土地に、一人一人が想いを込め、一本一本植樹し緑を育てた。
いま、その緑の地は、そこに暮らす人々と東村山市民との百年の交流をとおし、いのちとこころの人権の学びの場となった。
私たち東村山市民は、こころをひとつにし、ここに眠る人々を鎮魂し、この土地と緑と歴史のすべてを『人権の森』として守り、国民共有の財産として未来に受け継ぐことを宣言する。

平成21年9月28日
東京都 東村山市